東京高等裁判所 平成8年(ラ)1268号 決定 1996年8月07日
抗告人 日本信販株式会社
右代表者代表取締役 澁谷信隆
右代理人弁護士 山下俊六
同 柘賢二
同 柘万利子
同 二村浩一
相手方 有限会社大丸不動産
右代表者代表取締役 鈴木利雄
主文
原決定を取り消す。
相手方の静岡地方裁判所浜松支部平成八年(ヲ)第一九八号売却許可決定取消しの申立てを却下する。
申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨は「『原決定を取り消し、執行異議の申立てを却下する。』との裁判を求める。」というものであり、その理由の要旨は次のとおりである。
1 原決定は、同決定別紙物件目録(2)記載の建物(以下「本件建物」という。)の軒先において債務者兼所有者の母親が縊死を遂げたことにより同目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)が居住用物件として無価値となったから不動産の滅失に比肩する重大な事由があるものとして民事執行法五三条を類推適用し、本件競売手続のうち売却許可決定以降の手続を取り消した。しかし、本件建物の軒先で自殺者が出、これを周辺の者が知っているからといって、本件建物の価値が全く無価値となるとはいえず、まして、敷地を含む本件不動産全体が無価値となるとは到底いえない。また、同条は、競売手続による権利移転が事実上又は法律上できなくなった場合の規定であり、右のような交換価値が問題となる場合に類推適用することはできず、本件のように、既に代金が納付され、所有権移転登記の嘱託がされた後に競売手続の取消しを認めることは、手続的安定を害し、不当である。
2 本件建物において自殺があったとしても、これにより本件不動産の価値がいかなる影響を受けるかは、執行裁判所が形式的審査により明瞭に判定できるものではない。したがって、本件不動産につき滅失に比肩し得る事由があることが「明らかになった」とはいえず、民事執行法五三条所定の明白性の要件を欠く。
二 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、相手方は、平成八年四月二四日、本件不動産につき売却許可決定を受け、同年六月一〇日に代金を納付したこと、ところが、その後、相手方が本件不動産の近隣住民から本件建物において債務者兼所有者の母親が自殺したことを聞き調査したところ、本件競売開始決定前である平成七年三月三日に右母親が本件建物の軒先で縊死したことが判明し、右事実は周辺住民に周知のことであったこと、しかし、本件競売手続において、現況調査に当たった執行官も評価に当たった評価人も右事実を知らず、したがって、現況調査報告書にも評価書にも右事実は反映されていないこと、以上の事実を認めることができる。
そして、原決定は、右事実を前提に、相手方の民事執行法七五条一項に基づく売却許可決定取消しの申立てに対し、本件不動産は居住用の物件としてはほとんど無価値となったから、民事執行法五三条にいう不動産の滅失に比肩すべき重大な事由があるとして、同条を類推適用し、本件競売手続のうち、売却許可決定以降の手続を取り消した。
2 確かに、居住用の建物において自殺者があったことが知れた場合、建物自体に物理的損傷が生じるものではないものの、その建物は一般の人から嫌忌され、買受希望者が極めて限られることになることは明らかであるから、その客観的評価額も下落せざるを得ないということができる。したがって、右のような事実が最低売却価額の決定や物件明細書の作成に反映されていない場合には、民事執行法七一条六号の売却不許可事由に該当すると解されるし、また、これを不動産の損傷に準ずるものとして、同法七五条一項により、売却不許可の申出又は代金納付前に売却許可決定の取消しの申立てができると解する余地もある。
しかしながら、本件では既に代金は納付済であるから同法七五条一項による売却許可決定取消しの申立てはできないのみならず、居住用の建物において自殺者があった場合にその評価が下落するとしても、自殺の態様等にかかわらず当然に無価値に等しくなるとまではにわかに考え難く、まして、その敷地と合わせた評価が無価値に等しくなるとは到底考えることができない(なお、本件不動産の評価人の評価は合計六七九万円であるが、敷地の更地価格は約四八〇万円である。)。そして、前記自殺につき本件不動産にその痕跡が残っている等の事実を認めるに足りる資料はない。したがって、本件建物において自殺した者があり、その事実を周辺住民が知悉しているからといって、本件不動産につき滅失に比肩すべき事由があるということはできず、これにつき民事執行法五三条を類推適用することもできない。
三 結論
よって、民事執行法五三条の類推適用により、本件競売手続のうち売却許可決定以降の手続を取り消した原決定はいずれにせよ不当であるから、これを取り消し、相手方のした本件売却許可決定取消しの申立てを却下することとして主文のとおり決定する(なお、原決定は、民事執行法七五条一項の申立てに対して判断したものと解されるから、本件抗告の趣旨中、執行異議の申立ての却下を求める部分は不適当なものである。)。
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 田村洋三 鈴木健太)